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そもそも、Mac も Windows PC も、カテゴライズしてしまえばパーソナルコンピュータって辺りになると思うんですけど、どうやら同じようで全く違う方向に向かっている気がする、そんな今日この頃です。

タブレット化が進む Windows PC

まあこのブログの読者であれば当然のように知ってると思いますが、Windows 8 でタッチパネルで操作する、ってことを大きくフィーチャーし出した Windows PC は、現行の Windows 8.1 では、よりタッチパネルでの操作に特化してきています。

普段から Mac と iPad 漬けな自分からすると、ちょっとこの辺りの流れは不思議な感じがあって、タブレットとラップトップが同居しているってどういう感覚なんだろう・・・と。

iPad に慣れない頃は Mac で画面をタッチしそうになったことが何度かあるんですが、iPad が生活に馴染んでくるに従って Mac と iPad の使い分けが気持ちよくなってきてしまったんです。

Windows PC だと最近の流行りはディスプレイだけ取り外せばタブレットに、キーボード Dock 的なものに設置すればラップトップに、って流れがあると思うんですけど、自分は MacBook Pro のディスプレイを取り外してタブレットとして使えたらいいのに・・・って発想はないんですよね。

MacBook Pro が 13inch であるのには必然性があると思うし、その 13inch の画面だけを取り外してタブレットとして使うよりも 7.9inch の iPad mini の方がしっくりくる。むしろタブレットとして手に持って使おうと思ったら、個人的には 9.7inch の iPad Air がギリギリのライン。

だから素直な疑問として思い浮かぶのは、そんなハイブリッドな Windows ラップトップを使っている人は、その使い分けとかについてはどういう感覚なのかな?ってことだったりするわけです。

いい意味で旧来の PC 然とした Mac

Mac と iPad をそれぞれ使っているのにはやっぱり個人的に理由があって、適材適所だと思うわけですね。例えば eBooks を読むのに Mac は「?」な感じになってしまうし (もちろん OS X に iBooks が搭載されたことを否定しているわけではないのですが) 、逆にタブレットであるところの iPad で制作とか開発を本格的にやろうとは思わない。

Windows 8.1 自体に関して言えば、タブレットとラップトップの両方への最適化がよく出来てきているな程度には思うのですが、自分が Mac に対して今それを求めているかといえば、答えは否。別に OS X と iOS がバラバラのもので、それぞれ違うデバイスで動いて然るべきだと思う・・・っていうのは、恐らく iCloud なんですよね。

再確認する iCloud の凄さ

iCloud の何がすごいって、Mac と iOS デバイスで必要なデータ (コンテンツ) がシームレスに繋がっているところですよね、やっぱり。

Dropbox なんかもいいとは思うし、もちろん使っているんですが、自分の場合だったら制作のデータとかは iPad で操作できる必要はない。もちろん、デザインカンプ的な画像としてだったら iPad がビューアになってもいいんですが、HTML だったり CSS だったりってファイルを iPad から直接書き換えられる環境は必要がない。

iCloud の場合、その辺りのデータはサポートしていない。けど、普段 Mac でも iOS デバイスでも、どちらでも使う可能性があるファイルに関してはほぼ全て iCloud 自体が管理してくれている。これがスゴイと思うんです。

例えばカメラとか iPhone とかで撮影した写真は、もちろんその場で見ることもできるけど、結局 Mac と同期して Flickr にアップロードしたい。この辺りはフォトストリームと iPhoto 使えばすぐにできる。iPad mini の 7.9inch で 300ppi 超の画面で写真をみたと思った時も、やっぱりフォトストリームで勝手に iPad に画像が流れているから、iPad の写真アプリだったりでみることができる。

ついでに言うと、先に出した写真の場合は、フォルダでネストした階層管理なんてできる必要ないんですよね。写真は何かしらのイベントに属しているはずだから、イベント管理が出来る iPhoto で充分。むしろファイル階層とか意識したくない。その辺りの意識したくないことを、意識させないようにしている。機能としたらもちろんフォルダの階層がネストしていた方が高機能なのに、あえてしていない辺りがよくわかっている。

なんだか Emacs vs Vim の宗教戦争の様相

一昔前の Mac がいいのか Windows がいいのか議論は、もっと殺伐としていた感じがするんです。それがここ最近、ここ数年のどっちがいいのかな議論は、まるで Emacs と Vim のどっちがいいのな宗教戦争を彷彿とさせるような、昔に比べたらネタ的な、もうちょっとカジュアルな感じになってきている気がするんですね。

要はどっちを使うかは、完全に好みの問題、みたいな。

もちろん、これはデータの管理方法がローカルからクラウドに流れていることも大きく関係しているのだろう・・・とは思いますが。

でも簡単にそれだけで論じることもできないような気もする。

プラットフォーム

Windows は Windows 自体がプラットフォームであって、そこに SkyDrive とかがくっついていてシームレスにアクセスできる感じ。でもあくまでも主はローカルの Windows 自体。

それに対して、Mac は今はもう (制作とか開発とかそういう用途を別に考えれば) プラットフォームではなくて一端末。プラットフォームは iCloud であって、そこにアクセスするための Mac であり、iPhone、iPad ってデバイスであり、端末が iCloud にぶら下がっている感じがしてきたんです。

Google は Google 自体がプラットフォームになっていて、そこに Chrome だったり Chrome OS だったり・・・それこそデバイスの搭載する OS の垣根を越えて Android 端末や PC、Mac がぶら下がってますよね。

Microsoft が Office を使えるって理由で Windows を売ることが出来たのも今や昔話チックになってきているんですが、Microsoft に対して思うのは、これからはもっとローカルに依存しない大きなプラットフォームあっての端末ってのを意識しないと危ないのではないのかな、ということ。

Office365 とかやってますけど、まだイマイチ流行っている感がないし。

がんばれ Microsoft

OS X が進化できるのって Windows があるからな気がしてならないんですね。例えば今はもう結構ハイレゾなディスプレイを搭載した Windows ノートってあるし、スマホなんてそれが顕著ですけど、それをはじめたのって Retina ディスプレイと称して iPhone 4 ではじまっていて、PC の世界に超解像度が出て来たのも、やっぱり Retina モデルの MacBook Pro だったりしたわけで。

もちろん Apple が Windows 陣営を意識してやっているのか、はたまた自分達の信念に基づいてやっているのか、あるいはその両方なのかはわからないですが。

でも Apple ファンな方には違和感があるかもしれないけれども、タブレット PC だって iPad 以前に Windows PC のラインナップにはあったわけです。ただそれは、とても使いやすいシロモノではなくって、そこで iPad が出て来たから「なんじゃこりゃー!」な衝撃はあったわけですが。

もうね、Microsoft と Apple、そして Google、どこが勝つとか負けるではなくて、標準化された技術と上手く自社技術を統合させつつ、全ての会社にがんばってもらいたいです。

そうすれば、きっとウェブをはじめとした世界は、もっと楽しくなるから。

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