ずっとブログを書いている理由
僕はかれこれ8年ほど前、19歳の頃からブログを断続的ながら続けてきた。現時点で記事がアーカイブされていて読むことができるのは、この nobu417.jp を始めた2009年以降のものだけだが、それでも相当量はある。なぜ、ブログを続けているのだろうか。
出会いと衝撃、誰でもライターになれる
ブログと出会ったのが冒頭に書いた通り大学1年生、19歳の時だった。そこから数年、nobu417.net のドメインでブログを書いていた。ちなみにこのブログを始める時、同じドメインで再開したかったのだが、ドメインを取得することができず、しょうがなく nobu417.jp で再開した。その後になって、昔使っていた nobu417.net ドメインが取得できるようになったので、現在はこのブログに転送するようにしている。
出会った時の衝撃の話をしてみよう。
それまでの個人のウェブサイトと言うと、プロフィールがあって、日記があって、掲示板があって、チャットがあって、リンク集があって、といったものがほとんどだった。ウェブ日記をブログの祖先とする見方もあるが、個人的にはその部分には一線を引いて考えている。むしろウェブ日記と呼ばれていたものは、SNS の日記機能なんかに統合されたものと思っていたりする。
ではブログとはなにか?
あくまでも個人的な見解だが、ブログとは個人が意見だったりを発信するための、ひとつのメディアであると思い、実際このブログも自分の中ではそのように位置付けている。ウェブ日記を書いている人をあまり "ブロガー" という言葉で呼ばない反面、何らかの意見なり情報なりをブログに記している人のことを "ブロガー" と呼ぶのも、この辺りの違いから来ているのではないのだろうか。
要はブログの登場で、自分がライターとなった情報サイトを構築することができるようになったわけだ。
もともと自分の意見をまとめたり、それを文字に起こしたりすることが大好きだった僕にとって、ライターになれるということ自体が大きな衝撃だった。そこから日々、自分の考えであったり発見した情報であったりを記事に起こし、連日連夜ブログを書く生活がはじまった。途中、公私共々忙しくなり過ぎて中断した期間があったとは言え、現在でも連日連夜とはいかないまでも、思いついた時や時間を作っては iPad に向かって記事を書いている。
リンクなど情報はサイドバーに集約された
先にも書いた通り、ブログ登場以前の個人のウェブサイトにはお約束と言っていいほどにリンク集のページが設置されていた。ブログ全盛時代になると、これらのリンク集はブログのサイドバーに配置されるようになっていった。
それまでの個人ウェブサイトは複数カラムのレイアウトであることはあまりなかった (あってもフレームによる分割だった) のが、ブログの登場によって個人ウェブサイトを一気に複数カラムのレイアウトへと変えて行ったことを覚えている。
最近はコメント欄に Facebook を使っているブログも増えてきているし、実際このブログでも最近になってコメント欄に Facebook のソーシャルプラグインを導入を検討した。初期のブログのサイドバーにはミニ掲示板があったりもした。そこでコミュニティが機能していたわけだ。
ブログ登場前夜とその夜明け
少なくとも日本の個人ウェブサイトの多くは、ブログ登場以前とブログ登場以後に明確にその存在のあり方であったり定義であったりをわけることができる。また、ちょっとおもしろいのが、ブログ登場と同じくらいの時期に初期の SNS も登場し、まるでウェブ日記とブログの定義を分けるかの如く、それまでのウェブ日記のようなコンテンツは SNS の日記へと吸収されていったことも特筆しておくべきだろう。
ブログ登場以前の日本のウェブサイトでの自己主張の単位はプロフィールだった。しかしブログ登場後は、自己主張の単位が (少なくとも訪問者の捉え方としては) エントリになり、さらにその複数のエントリや行間から見受けられるひととなり自体がサイト運営者のそれぞれのアイデンティティとなるようになった。
また、初期のブログは自分で Movable Type なりなんなりのシステムをサーバーにインストールしないければはじめられなかったが、ブログは日本上陸からちょっとすると、大手の ISP がサービスとして提供するようになり、一気に市民権を得るまでになった。芸能人ブロガーの存在も大きかったのかもしれない。
このように簡単に開設できるようになったブログは、個人ウェブサイト開設の敷居すらも下げることとなった。
ブログがサービスとして提供される以前の個人ウェブサイトは、自分でちょっと HTML が書けて、FTP でファイルをアップロードするなど、少なくともブログのシステマティックなものに比べると手間がかかるものだった。しかしアカウントを作って、用意されたテンプレートからデザインを選択するだけで、あとは自分の好きなことを書けばすぐに自己を表現できるというブログサービスの乱立とも言えるサービス開始ラッシュによって、ウェブで情報を発信することは、本当に誰でもできる次元にまでなるようになったのだ。
個人が記事をパブリッシュする意味と検索エンジンへの影響
ブログ登場以前のウェブでは、ロボット型検索エンジンの検索結果は著しく期待を裏切ることが多かった。故に当時の Yahoo! JAPAN などの提供していたウェブサイトのカテゴリ分けと、そのカテゴリに基づいた検索が重要視されていた。しかしブログが登場し、ウェブページの存在意義自体も単位がサイトではなくページとなり、また Google にはじまったとも言えるロボット型検索エンジンの性能向上によって、ひとつひとつは断片のようなブログに書かれた情報が、いくつも読むと非常に意味のあるものに感じられるようになった。かのスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式のスピーチで "点をつなぐ (Connecting the dots)" に似ている面もあるかもしれない。
個人が簡単に情報発信できるようになったことで、ウェブ上に溢れる情報の量もブログ登場以前と以後では全然変わることとなった。もちろん質の高い情報の絶対量は変わらないのかもしれない。しかしエントリ単位では質のそれほど高くない情報も、量があって、同じ事象でも様々な切り口から書かれているエントリを読むことは理解を深めることにもつながるようになってきたのではないのだろうか。
これからもブログは続けていきます
先日ちょっと Twitter にも書いたのだが、ブログを何年も続けていると、過去のアーカイブを読んだ時に当時の自分の考えであったりが記されていて、非常に興味深い考察ができることを感じた。例えばこのブログも3年くらいやっていて、初期の記事と最近の記事では取り扱っている内容も違えば、文体も違ったりしている。実はここで zenback が機能してくれていて、最近書いたエントリと似ているトピックを扱った過去のエントリをサジェスト表示してくれる。時々自分のブログを振り返ってみる時なんかにこれは実に助かる機能なのことに最近気付いた。
似たような事象でもその時々によって切り口が変わったり、意見なりが変わったりするこのブログだが、また読んでいただけたら、と思う。




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