"ポスト PC 時代" をどう読み解くか

WIRED VISION に、「ポスト PC 時代」を定義する4つのファクター なる記事が載っていた。もうすでにやって来始めている、ポスト PC 時代について今回は考えてみたいと思う。

携帯電話は死なずして進化した

日本では携帯電話でインターネットができるようになって、もう10年以上の月日が経っているが、諸外国では携帯電話でインターネットにアクセスできるようになったのは、まだここ数年の話だ。日本式の携帯電話の場合、キャリア別にドメインを持っていてメールアドレスをユーザーが設定することが当たり前のようになっているが、未だに諸外国では SMS の需要が高い。日本で言うところの docomo ならショートメール、au ならCメールと言ったらわかりやすいだろか。電話番号でやり取りするあれだ。ただし日本のそれらとちょっと違うのは、どうやら海外ではキャリアと関係なく電話番号で SMS のやり取りができるらしい。なるほど、キャリアのドメインやユーザーのメールアドレスが必要なかったわけだ。

日本式の携帯電話も世界標準に歩み寄ろうとしている。

iPhone と言う名の黒船が到来した頃、ソフトバンク以外の日本の携帯キャリアは来るスマートフォン時代を完全に舐めていた感が今となっては否めない。当時の日本の携帯キャリアの重役は、iPhone ブームは一過性のもので、従来の日本の携帯キャリアの誇るビジネスモデルや、それを前提としたフィーチャーフォンの未来は安泰とでも考えていたのだろうか。ただし、それは今となっては検討外れだったことが容易にわかるが、当時はまだ今ほど Android も成熟しておらず、iPhone は確かに特異な端末にも思えたのかもしれない。

しかし世界の携帯電話メーカーは反応した。

iPhone が全世界を圧巻したことで、Android が携帯電話端末を開発しているメーカーの中ではデファクトスタンダードとなった。

この影響はそれまで独自の進化を遂げて来ていた日本の携帯電話にまで及んだ。その結果が今であり、docomo はスマートフォンをウリに掲げているし、au は "Android au" と銘打った。ソフトバンクだけはそれに抜きん出て iPhone を日本で提供していたため、すでに次なる目標はスマートフォン市場ではなく、タブレット市場にシフトしていっている感がある。iPad への力の入れ様をみるとそんなことを感じてしまう。

ポスト PC 時代に必要なのはスマートフォンとタブレットになるのか?

実際、僕はカフェで軽作業を行う際、テーブルの上には注文したコーヒー、iPad、iPhone、RHODIA の11番、MOLESKINE を並べていることがほとんどだ。僕は仕事柄ウェブサイトの制作なんかやっているので Mac も必要になってしまうが、例えばウェブサイトのディレクション業務 (アクセス解析もそうだしクライアントへの提案などもそうだ) 、それに伴うデータ作成やメールでのやり取りなんかのほとんどは Mac がなくても、このテーブルの上に広げたセットだけでできてしまう。

こうやってプライベートで書いているブログのほとんどもタブレットでデータ収集から本文の執筆までこなせてしまうし、出先での仕事中にお気に入りの音楽を聞きたくなれば iPhone にイヤフォンマイクを差し込んで聞けばいい。音楽を聞いていると仕事やプライベートの電話がかかってきたりする。これもイヤフォンマイクを使っていれば、口元のスイッチを軽く押すだけでそのまま通話できる。両手を塞がないので、電話しながら他の作業も普通にできてしまう。

打ち合わせの席なんかでも先出のセットがあれば充分だ。

何も、全てをデジタルにする必要はなくて、とっさのメモなんかは RHODIA に記しておけばいいし、打ち合わせが終わったら順序立てて MOLESKINE にまとめてやればいい。打ち合わせ中に次回打ち合わせの日程を決める必要があれば、タブレットの大きな画面にカレンダーとスケジュールを表示させて確認する。さらには打ち合わせ中にウェブの情報が必要になっても、タブレットが1台あればその場ですぐに調べられるし、画面も大きいので他の打ち合わせ参加者と画面上の情報を共有することだってできる。

こんな生活になれてしまうと、ウェブ制作や開発、本腰を入れた資料作成など本当に Mac が必要なシチュエーション以外でわざわざラップトップを開くのが面倒にすらなってくる。

例えばこんな過ごし方と言ったお話

朝、鞄には iPad とアナログな文房具 (先出の MOLESKINE) 、ポケットには iPhone、ワイシャツの胸ポケットには RHODIA の11番とお気に入りで愛用している万年筆を入れて外出する。今日の仕事場にしようかというカフェについたら、先述の通りテーブルに仕事道具一式を出してコーヒーをオーダーする。

午前中はメール処理に充ててみる。iPad でウェブや SNS をチェックしつつもサクサクと処理していこう。午後には打ち合わせが1件控えているので、その準備もしておかなければならない。打ち合わせに必要な情報をウェブで調べ、気になる情報をクリップし、必要であればアナログなノートである MOLESKINE に書き出す。

そんなことをしているとランチタイム。ささっと片付けてランチに行ってしまおう。

午後は予定通り打ち合わせ。打ち合わせの場では RHODIA にメモをガンガン取りつつ、必要な資料は iPad でクライアントに確認してもらい、データで欲しいと言われたらその場で PDF でもなんでもメールで送ってしまう。クライアントにはデスクに戻ったら PC でメールをチェックしてもらい、紙で必要ならプリントアウトしてもらえばいい。

打ち合わせが終わるともう夕方だ。

客先の近くの居心地のいいカフェに入って、打ち合わせの内容をまとめ直そう。RHODIA にとったメモは取捨選択して MOLESKINE に起こせばいいし、iPad を広げているのでまた SNS やニュースサイトなんかをチェックしてもいいだろう。気分転換に自分の思考をアウトラインプロセッサーなんかに打ち出してみて、そこからブログのエントリをちょっと書いておいてもいいかもしれない。

そんなことをしていると1日の業務も終わり、そろそろ帰宅する時間になる。

夕食をいただいたりバスタイムなんかを終えたら、夕方下書きしたブログのエントリを仕上げてアップしてしまおう。タブレットなので何もデスクの前に行く必要はない。ソファに座ってくつろぎながらしてしまえばいい。テレビと Apple TV を繋いで YouTube の動画や iTunes Store の動画を流しておいたり、iPhone の AirPlay を使ってお気に入りの音楽を流したっていいだろう。Amazon の "ショーケース" なんかを使って、ウインドウショッピングを楽しんでもいいかもしれない。

こんな平日がすでに僕は日常になってきている。

それでもまだ非現実的な PC なしの生活

日常生活をプライベートから仕事までタブレットとスマートフォンで過ごせるのではないかというのは、もうすでに僕自身の最近の生活で実証済みだ。それでもまだ僕には Mac が必要な現実もある。重要な仕事、制作だったり開発をするのには Mac のフルスペックな環境がまだまだ必要なのだ。

先述したような過ごし方をしている日がある反面、1日中 Mac の前に座って制作作業に時間を費やしている日もある。

そして同氏によると、「ポストPC時代」とは、消費者がタッチスクリーン式のタブレットやスマートフォンに群がり、従来型のパソコンが消滅するというような単純なものではない。むしろユーザーは、時と場所に合ったさまざまな種類のコンピューティング・デバイスを使用するようになるのだという。

冒頭に書いた WIRED VISION に掲載されていた記事からの引用だ。

これが示す通り、タブレットはポスト PC であると同時に、既存の PC もまた、場合によって使い分けなくてはならないデバイスのひとつとして残るのではないのだろうか。

その答えがひとつ。

僕は外出する時にはいつも鞄に iPad と MacBook Air を両方入れているということが事実としてあるのだから。

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